だがしや楽校・全国寄り合い2006によせて
だがしや楽校よもやま話

川上小はまっ子ふれあいスクールチーフパートナー・主任児童委員/田中靖子

私たちのだがしや楽校は、昨年の2月、横浜で開かれた「子どもの居場所づくりフォーラム」で松田さんにお会いしたことが始まりでした。耳慣れない「だがしや楽校」のことを、フォーラム終了後、新幹線の時間までの松田さんを質問攻めにした記憶があります。そしてその魅力に引き込まれてしまいました。これはやるしかないという気持ちで、春頃から私の勤めるはまっ子ふれあいスクール(横浜市の小学校生の放課後の遊び場)で開催するべく手探りで準備を始めました。参加したこともない、本も読んでない、何も分からない状態でしたので、頼りは「だがしや楽校」のホームページと松田さんとのメールのやりとりだけでした。でも、松田さんの語った「だがしや楽校」は松田さんのお人柄なのかとても魅力的なものだったのです。

だがしや楽校開催に向けて
はまっ子の夏休み最後のイベントとして開催することにして、まずは「だがしや楽校」が何なのかを皆さんに説明するところから始めました。企画書を作り、学校、地域の連合町内会、区の社会福祉協議会、または知り合いの方々に協力をお願いしに回りました。その結果、連合町内会長が協力をしてくださり、そのお陰で、地域の方々の協力も得ることができ、また、小学校はもちろん、中学校でも子どもたちに声かけをしてくださり、ようやく開催のめどがついてきました。小学校へは手紙を配布していただき、参加募集を募りました。しかし、当日の参加者は100名を越す申し込みがあったのに、出店希望者はゼロという悲惨な結果。これではだがしや楽校にならないのでは・・の不安のまま、なんとか声をあげてくれた保護者と子どものグループ数名を頼りに準備を始めていきました。その後は、ひとりひとりの子どもたちに声かけをして出店をお願いしました。子どもたちの反応は思った以上で、何をしていいか分からない子どもには相談にのり、低学年の子どもたちで大人の手が必要なメンバーには保護者と連絡を取りお手伝いをお願いし、少しづつ少しづつ形になっていきました。最終的には大人みせ、子どもみせ、あわせて33の出店がありました。また、はまっ子には10数名のスタッフがいますが、一体どんなイベントになるか最終形が分からぬままそのつど必要に応じて手伝ってくれたことが成功の鍵となりました。夏休み中を使ってゆっくりとだがしや楽校の開催に向けて準備できたことも幸運でした。ビーズアクセサリー教室、クラフトテープのキーホルダー教室などの夏休みの地域子ども教室で作ったものを、「小物のおみせ」で販売する。「ダンボールで遊ぼう」の企画で当日の入り口に立てるトーテムポールを製作する。「大きな絵を描こう」で描いた絵をマスコットにして当日張り出す。また、それぞれのおみせの打ち合わせや看板作りなども夏休み中にはまっ子に集まっては準備をしてもらうことができました。この夏のはまっ子はまるで文化祭前の様相でした。

第一回川上ふれあいだがしや楽校開催!
猛暑の夏でしたので、心配は雨よりも暑さでした。学校や町内会からテントをお借りして朝から設営。当日は朝早くから70名近い大人のボランティアの方々がその設営のお手伝いに集まってくださり、また、150名以上の子どもたちが事前準備から参加、当日は総勢300名近い参加者があり、とりあえずの成功にほっと胸をなでおろしました。いつの時代も「おみせやさんごっこ」は子どもたちに人気がありますが、大人たちを相手に本当に「みせ」を開くことは思った以上に楽しかったようです。特に高学年の子どもは子どもだけでそれぞれ工夫をして、出店内容から看板、必要な材料の仕入れからがんばり自分たちの「みせ」を作り上げていました。このように自分たちで責任をもって「みせ」を開くことで多くのことを学んだでしょうし、また、大きな自信にもつながっていったように感じます。(実際、だがしや楽校の参加をきっかけにはまっ子での変化が見られた子供も数人います。)参加した大人の方からも(自分たちも『役割』を忘れて遊びに夢中になった方々は・・)子どもの時に戻ったように楽しかったという感想をいただきました。

定期開催に向けての工夫
今までに地域やPTAのイベントを経験して、素晴らしい企画がたくさん実施されるのだが、スタッフとして裏方に回った方々はその負担ゆえに次の開催のお手伝いを嫌がるという傾向がありました。また、多くの方は招かれるより、スタッフになりたがる(主体的な参加)ということもあるようです。つまり、やらなければならない立場に立つと、本当に素晴らしい働きをされるのですが、自主的に次もやろうという気持ちはつながらないということです。だがしや楽校は継続的な開催でないと意味がないなと感じていましたので、みんなが定期的に開催したくなるイベントがどういうものかと考えました。ひょっとすると、自分たちの手作りでしかも負担が少ないものなのかと思いました。河合隼雄氏がどこかで「楽だということと楽しいということはちょっと違う。楽とは何もしないことだが、楽しいということは少しがんばる向こうにあるもの」というような意味のことを書いていたように記憶しています。楽もいやだし、かといって苦しいのもいやだ、その中間‐「苦しい」のちょっと手前の「楽しい」・・、これをまずは目指さなければ一回目は成功しても二回目以降には続かないと、負担感を出来る限り少なくすることにかなりの努力をしたつもりです。「誰かの役にたった」ではなく、「楽しかった」と感じてもらえることを最大の目標に設定しました。そのため、「みせの人」と「お客さん」の垣根をとりあえずはずすため、流通に横浜市の地域子ども教室で使っている「エコマネー」を使用し、事前準備から参加した方々にも「エコマネー」を配り、多くの大人の人にも「子どもみせ」に立ち寄り楽しんでもらえるようにしました。つまり半分働いたら半分は遊ぼうということです。また、当日参加した子どもたちにも「ボランティア」としてお手伝いすると「エコマネー」がもらえるようにしました。(これは横浜市で開かれている「日本丸だがしや楽校」方式を真似しました。)そして、その後の活動をエコマネーにからませて、今度のだがしや楽校で使えるよと、次への開催に向けての宣伝をしてきました。夏の開催後、秋の横浜市の「日本丸だがしや楽校」には夏に出店してくれた親子を連れて参加、みんな市の大きなイベントに参加できたことはとても楽しかったようでした。また、今度の2月11日には障害児との交流「東戸塚ふれあいだがしや楽校」を、養護学校、近隣小学校の個別支援級、社会福祉協議会、ケアプラザ、地区センター
との協力で開催を予定しています。そして、4月1日には、川上小での第二回目の開催を予定。徐々に「だがしや楽校」を広め、参加することを楽しみにしてくださる方が増えてくることを期待しています。

「だがしや楽校」という変容の器
あえて「だがしや楽校」の名前にこだわったのはみんながその始めて聞く名前に「なんだろう?」と思ってくれること、そして、従来のイベントとは違うものだという気持ちで参加する利点があると考えました。そして、「だがしや楽校」の名前でいろんな場所で開催していくうちに「だがしや」仲間が増えていくことは、地域のネットワーク作りとなります。もちろん、応援してくれる全国のだがしや楽校ファンがいます。そのつながりの中で情報交換をしながら、時には励ましあいながら、それぞれの地域に必要なものをこの懐の深い「だがしや楽校」の器に入れて活動を続けることはとても大きな意味があると思います。
変容のためには安全に守られた器が必要です。「だがしや楽校」はその器になるだろうと思います。みんなが集まる場を地域に作り、そこに集まる人々が何かを生み出していく、そんな力が潜む器だと信じます。希薄な人間関係が問題となっている現代です。孤立する子育て中の母親、仕事人間から地域に戻れない社会人、留守家庭の子どもたち、独居老人、障害者、様々な人間がそれぞれの自分の「みせ」を介してきちんと出会うということは大変意味深いものであると思います。上下関係がない「個人」と「個人」の出会いを可能にし、その人の特技・個性を認めることで、「ひとりひとりの違いを認めながら、お互いに敬意を払う人間関係」の構築が実現できる場でもあります。ノスタルジックに古い人間関係を復活するのではなく、新しい人間関係、個と個の出会いの実現に向けて模索することが重要です。新しい人間関係とは、自分としての責任を持つまでに成長した個人が、価値観の違う他者と共存するということのように思います。しかしそれは思った以上に困難なことです。世界平和は望んでいても、自分の隣の人と仲良くすることが難しいのが現実です。「だがしや楽校」では、従来の価値観での人間関係から解放されて、新たな出会いを可能にします。ひとつの価値観で縛られている社会から「下」または、「弱」のレッテルを貼られてしまう人々を新たな価値観で拾い上げていく・・・そしてひとりひとりの人間が自尊感情をしっかりと持てるようになれば、そして、人々のこころが豊かになれば、社会そのものがもっと豊かになっていくはずです。
 また、現代という社会は影をなくし全ての場所に「光」を入れていきました。路地裏や空き地がなくなってしまい、管理されない場所はなくなりました。安全さが重要視される現代ではいたし方のないこととしても、そのために子どもの心は大変な危機に面していることを忘れてしまってはならないと思います。子どもの身体の危険を少なくすることで、精神の危険を増やしていることに大人はもっと目を向けていかなければなりません。光や大人の目のないところで子どもたちは多くの経験を重ね育ってきました。その成長の場を確保するためには、そういった体験の出来る場を今度は安全を確保した上で再度大人たちが作り直していく必要があります。指示・管理のない「安全な器」づくり・・・これがだがしや楽校の魅力だと思います。
「だがしや楽校」はバリアフリーの器です。多くの方がそこでさまざまな体験をすることができるでしょう。特に、現代の子どもが大人と関わる機会は、親と学校の先生、または塾やスポーツクラブの指導員との関係しかありません。違った多くの世代の大人たちがどれくらいその子に関わったかで、その子の「生きる力」が育っていくように感じています。(もちろん、大人たちも様々な世代の方との交流はその人の生活を豊かにするものと思います。)
 地域のお祭りの中で失われてしまったものを、「だがしや楽校」という新しい名前をつけることで、新しい形の「お祭り」を定着させていき、そこで今は失われてしまった人と人との関わりが回復していくことが出来ればと考えております。そこは何が起きるか分からない、けれど管理人のいる不思議な「器」となるはずです。

 私たちの活動もまだ始まったばかりで、まだまだ課題山積みではありますが、全国の「だがしや楽校」のネットワークに支えられえて活動できることは大変心強いことであると感じております。

はまっこふれあいスクール
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