だがしや楽校・全国寄り合い2006によせて
『駄菓子屋楽校』と「だがしや楽校」

新評論 山田 洋

 3年半前の夏、松田道雄さんのご著書『駄菓子屋楽校―小さな店の大きな話・子どもがひらく未来学』(新評論、2002年刊)が世に出されました。松田さんの処女作です。「だがしや楽校」運動の魅力を余すところなく全国に知らしめた記念碑的労作です。600頁に及ぶこの大著傑作を出版させていただいたことは、人文書に携わる一出版社として大変光栄であり、また誇りでもあります。
松田さんからこの本の企画のお話をいただいたのは9年前ですから、かれこれ一昔前ということになりますが、実は、松田さんと小社新評論との縁はそれよりさらに40年以上も前にさかのぼります。
彼も私もまだこの世に生まれていない時代ですが、新評論(当時新評論社)創業にあたっての記念すべき処女出版が、山形の地が生んだ偉大な教育者、国分一太郎(1911〔明治44〕〜85〔昭和60〕)の代表作『新しい綴方教室』(1952〔昭和27〕刊)だったのです。
ご存じの通り国分一太郎は、昭和の初期、ここ山形で「生活綴方運動」を提唱し、子どもたちの生活に根ざした作文教育とその意義を全国の父母教師に広めた人物です。「“子供たち”の生活をぎっしりとつかんで物をいふ人間になりたい」。自らの日記ノート「教室記録」(1935〔昭和10〕年4月18日付)にそう認めて「生活綴方運動」への意志を表明したのは、彼が山形県北村山郡長瀞尋常小学校の教師に採用された24歳の時でした。それから70余年後、今度は松田さんが同じ山形から「子ども世界の再生」を願い、「生活作り方運動」の始動を全国の地域の大人たちに向けて高らかに宣言したのです。
バブル全盛が始まる1980年を境に衰退してゆく「生活綴方運動」(あるいはこれを継承する作文教育)と新たに立ち上げられた「生活作り方運動」との違いを、中学教師(当時)松田さんはこう述べていらっしゃいます。
 「こちら東北の山形では、昭和はじめ、農作業などの『生の現実』体験を子どもたちが綴る『生活綴方運動』がおこりました。しかし、今必要なのは、実感できる『生の現実』生活そのものを作り出すことなのです。これが〔生活作り方運動の普及という〕私の提案ですが、その教師は『みんな』なのです。」(『本と社会』第3号、人文ネットワーク発行、2002年)
自称“夢想家”松田道雄氏の“駄菓子屋的世界像の追求”が、単なるノスタルジー(郷愁)とは対極にある、極めてな時代認識から出発した運動であることが端的に表現されている言葉です。
松田さんと小社との縁は他にもあります。夢想家にしてリアリストという“パラレル人間”松田道雄氏の人文学(人間そのものを見つめる知的営為)的ベースには、歴史家フィリップ・アリエス(1914〜84)や思想家イバン・イリイチ(1926〜2002)の仕事に共通するものがあると言われますが、この両大家の著作も新評論から出版されています。その代表作は、前者は『〈教育〉の誕生』(1983年刊)、後者は『学校・医療・交通の神話』(1979年刊)で、いずれも高度産業化社会に生きる現代人の在り方を射程に、その批判的洞察と活動において世界的な評価を得てきた人物の著作です。「学校・地域・近代社会が排除してきたものは何か」、そう問い続ける松田さんが常に「思索と活動をパラレル(並行)に」をモットーに活動してこられたように、この二人の碩学も、学問(理想)と日常(現実)とをきっちりとつなぐパラレルな生き方を貫いた人物だったのです。
 松田さんとのこうした幸運なご縁と、私自身が隣県宮城で「だがしや時代」を過ごした親近感から、「他に真似のできない人文書を」と意気投合し完成に至ったのがこの『駄菓子屋楽校』です。
 この本には、駄菓子屋の前の公園などで開かれてきた「だがしや楽校」の実践の意義とともに、大人社会が真剣に向き合うべきさまざまな議論の発端がたくさん埋め込まれています。キラキラと輝く「子ども世界」の喪失が大人社会によって引き起こされたと見るのが自明なら、「子ども世界」の再生が「大人世界」の再生なくして実現しないと見るのもまた自明です。“駄菓子屋的世界”は、この“自明の感覚”によって築き上げられていくべきものと信じます。
 「北に向いし枝なりき花咲くことも遅かりき」。これは国分一太郎の最も愛する言葉、信条です。現代は「子ども世界」にとっても「大人世界」にとっても冬の時代と言えます。しかし、松田さんの蒔いた種が今、全国のあちらこちらで確実に芽を吹きはじめています。「だがしや楽校」という芽は、たとえ厳しい大地の中でも、長い時間をかけて、じっくりと守り育て、次世代に継承してゆかねばならない「みんな」の財産です。“現在(現実)”という時間は“未来(夢想)”という時間を含み持つ、と言います。来たるべき“山形モデル”の開花を予感させるこの度の大イベント「だがしや楽校 全国寄り合い2006」の開催を、共鳴者の一人として心よりお慶び致したいと思います。


新評論

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