月刊誌「社会教育」2004年7月号より、松田道雄氏の原稿をご紹介いたします。
山形の駄菓子屋の話は、
あなたの脳に竜巻をおこすだろうか?

−小さな店の大きな話『駄菓子屋楽校』

コンセプト・プロデューサー 松田 道雄


 カオス理論の象徴的タイトルとして有名になる、1972年に気象学者エドワード・ローレンツが講演した演題名「予測可能性−ブラジルの蝶の羽ばたきは、テキサスに竜巻をおこすだろうか?」にならってつけたのが本題である。
 新たな発想や企画は、おうおうにして我々が見過ごしていた思わぬものの中から生まれるものである。そして、それが時としてこれまでの自分の世界観をもさかさまにしてしまうようなことがある。これから述べる駄菓子屋という、かつてはいたるところにあった小さな子ども相手の店の話も、読者諸兄にとって、その一助になることができれば望外の喜びである。


一 摩訶不思議な店 

 駄菓子屋。この店は何とも不思議な店である。
 電話帳にも載っていないし、組合もない。もはや、この店は歴史博物館の展示物と自伝の中の民俗遺産だろうと思っていたら、何と!今の子どもたちの話から「だがしや」ということばを聞いたのが、私の駄菓子屋研究の始まりとなった。
 しかも、子どもたちから聞いた店を訪ねてみると、そこは八百屋だったり、さらには小鳥屋の看板があったりする店もあったのには、二重に驚いた。大人社会では野菜を扱う八百屋であっても、その一隅に子どもが小銭で買える商品があり、子どもにとって自分を一人の客として世話(ケア)してくれる店を、子どもたちは「自分たちの店」という敬意を込めて、「だがしや」と呼んでいたのである。
 今、小学校の通学路沿いの住宅や商店などに「子ども110番」という貼り板がされているのを見かけるが、もし、本気で子どもが自由に安心して街中を駆け回ることができる「子どものためのまちづくり」を考えるのであれば、街中のいたるところが子どもたちから「だがしや」と呼ばれるような街が理想なのではないだろうか?と、始めに問題提起をすることにしよう。
 学校教師である私が駄菓子屋の調査を進めていくと、この店とそれをとりまくかつての地域社会での営み(つまり学び)は、学校教育や会社づとめや電子ゲームなどとはまったく異なるものであったことに気づいた。それは、現代の大人社会からすれば、アリスが迷い込んだ不思議の国のような世界かも知れない。読者諸兄の方々、思い出してもらいたい。ご自身の子どもの頃の情景を。
 道端で遊んでいると、近所のおばちゃんが声をかけてくれたり、紙芝居のおじさんが現れたり、畳屋のおじさんの仕事をじっと眺めることができたり…、そのような中で遊びまわっていた社会の教育力のことを…。
 駄菓子屋研究から一年後の「駄菓子屋の教育的意義」と題した修士論文(山形大学院教育学研究科、1996)では、その価値を16に表わし、それをさらに『駄菓子屋楽校』(新評論、2002)では、7つとおまけ1つに集約して発表した。
 では、この小さな店の中に見つけた価値は、現代の社会教育企画づくりに、一体、どのような役に立つのであろうか?


二 2つの部屋

 ここに2つの部屋がある。そのどちらの部屋の入り口にも、「社会教育講座」と書かれている。
 1つの部屋をのぞいてみると、…。
 整然と並んでいる机に受講者がすわり、横には主催者が並び、一様に白板を背景に正面で話している講師の話をだまって聞いて、机上に準備されたレジュメにメモをしている。それは、まるで学校の授業や会社の研修と同じ光景である。
 さて、もう1つの部屋はどうであろうか?
 もし、貴方がこの部屋の研修をまかされて、先の部屋とはまったく異なるような講座を企画するとしたら、いかがするであろう?
 そのさいのヒントになるのが、駄菓子屋である。変幻自在に机といすを自由に動かして、いろいろな集団をつくって話し合う。真中にお茶と茶菓子を置いて、自由に飲食しながら話し合う。車座になって、大きな紙に書き合ったり、カードに書いてお互いの考えを分け合ったりする。実物を持ち寄って、創意工夫しながら何かをつくる。物物交換から売り買いもあったりする。何をするかも自分で考える。開会も三々五々集まり、三々五々解散する。部屋から外にも飛び出して、そこいらで遊ぶ者もいる…。
 このようにして、どんどん学校的な思考を消去して、駄菓子屋的な発想で試みてみた「社会教育講座」が、「だがしや楽校」と名づけた集いである。これは、場所と時と人を選ばず、いつでもどこでもだれでも手軽にできる楽しい集いとして着想した。
 この手軽さとは、まず主催者にとっての手軽さである。人が集まるところに貼り紙だけして、さらには、それすらもせずにたまたま集まった人たちだけで、「かくれんぼする人、この指とまれ!」方式にする。だれも来なかったら、それはそれでしかたがない。主催者すら、だれかもわからない。各人の責任で集まる集いである。
 そして、参加者にとっての手軽さ。かつての「駄菓子屋」を調べると、現代の都市の路上物売りや温泉の朝市のような感じで、神社の境内の隅に、おばあさんがミカン箱の上に安価な商品を並べて、そこに子どもたちが顔を寄せている風景などがある。駄菓子屋は、おばあさんでも手軽にできた「店」なのである。それにならって、それぞれが小さな「店」(見せ)を開き、みんなで縁日お祭り風の「遊びと学びの屋台」を出そう、と土曜日に始めてみたのが「だがしや楽校」である。
 その精神は、試行錯誤しながら遊んだかつての駄菓子屋遊びにあったチープ・アンド・トライのボランチャー
(*1)・マインドである。「だがしや楽校」は、子どもが多様な体験をできる場であり、若者が自分の持ち味を人に「見せ」ることができる場であり、近隣の親子や様々な世代が出会える場であり、お年寄りが技や知恵を伝えることができる場である。そして今、この試みは、様々に分化されてしまった要素を根源的に包括するスモール・アンド・ネイバーな市民活動のフリーソフトとして各地で行われている。


三 社会教育とは?

 もし、100人の村で、みなが納めている貴重な税金が、90人が利用していることに使われず、10人しか利用されないことに使われたとしたら?
 村役場の任務は、税金の使い途候補が100人のうち何人が利用するものかを示して、村民全員で優先順位を確認することになる。
 さて、貴方の町の社会教育の活用状況はいかがであろうか?
 20世紀後半、我々は、あらゆることがらが有限であることに気づいた。地球資源も、村の財政も、生活時間も、脳の容量も。その中で、50年前は想像もできなかったであろう、これほど多くの豊かな情報があふれた環境で、しかも、忙しい生活時間のわずかな余暇に、公民館の社会教育講座に行く必要性と行う必要性がいかほどあるのであろうか?しかも、それが、学校や会社やテレビ番組と同じような内容や方法であるなら、なおのこと。
 私は、このことに対する明確な説明を聞いたことが、まだない。
 しかし、私は駄菓子屋研究を通して、確かに必要な社会教育の内容(つまり、学校教育では行い得ない内容)を発見した。それは、自分学習と隣人学習である。
 自分学習とは、自分が興味関心あることを追求したり、集団活動の中で自分をふりかえりながら自分づくりを行う学習である。もともと何を学習するかがはじめからプログラムされている学校型教育では、このことは行い得ない。なぜなら、自分からの学びに必要なのは、限りなく没入できる自由なのだから。
 一方、隣人学習とは、いろいろな人と人間関係をつくり、他者との関わりで自分を生かしながら相互扶助の社会技術を身につける学習である。それは、だれとでも世間話ができ、また商売できる力であるだけでなく、道端で泣いている子どもや困っているお年寄りがいれば、立ち止まって声をかけることができる何気ない力でもある。これも、会員制の同じ年代の者どうし(同人)で学ぶ学校型教育では行い得ない。異なる人との思わぬ出会いの中で関係力を育む異人学習が前提なのである。
 この二つの学習の相互作用が基本になって、仕事づくり(キャリア学習)やまちづくり(社会参画学習)などが展開されていく。究極の社会教育の姿は、日常生活のすべて、生きていることそれ自体において無自覚のうちに学ばれている生活力や社会力ではないだろうか。これが、私が考える「いたるところ社会教育」プロジェクトの原点である。
 それは、「生活の中の社会教育」、「マーケティングを取り入れた社会教育」という視点で具現化されるであろうが、その実現のカギとなるのが「附属化」と「分校化」というコンセプトにあると思っている
(*2)
 駄菓子屋から得られる発想の視点、「駄」(バカにしていたものに着目する)・「小」(小さく行う)・「近」(近くを相手にする)・「混」(あらゆるものを混ぜる)・「付」(いろいろなところに付加する)…は、現代社会の様々な分野における企画戦略になり得るものである。
 そして、おばあちゃんが子ども相手に営んでいる小さな店の中にある「食」・「集」・「遊」・「話」・「動」・「当」…などのたくさんのしかけは、きっと、これまでの学校的な考え方をコペルニクス転回させた「楽しい社会教育講座」づくりに役立つことであろう。
 学校的社会教育に、「駄菓子屋楽校」のスパイスを一振り、お試しあれ。
 何はともあれ、我々の常識とは、真理を表わしているのではなく、思考の慣れの表現形に過ぎない。この世で最も予測不可能なことは、異なるものとの出会いと組み合わせによる創造的産物の創出である。これこそ、社会教育の醍醐味にすべきではなかろうか。


*1 ボランティア(自発)とベンチャー(企て)の原意に共通する心を表現した拙者の造語。
*2 このコンセプトから、平成一六年度公民館職員専門講座(国立教育政策研究所社会教育実践研究センター、2004年4月20日)で、公民館(パブリック・ハウス)を地域の端末施設のハブ(連結施設)にするハブリック・ハウス構想を提案した。


※この原稿は月刊誌「社会教育」2004年7月号(全日本社会教育連合会)に掲載されたもので、執筆者と出版社の許可を得てHP上に公開しております。当HPからの転載はご遠慮下さい。

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